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まちづくりの観点から

学校統廃合で失われるもの

右京小学校は長年、地域の交流の場として機能してきました。右京に移り住んできた人々が小学校を核としてつながり、コミュニティを形成していく。少子高齢化が進んだ今も、その点は変わりません。運動会や音楽会といったイベントで子どもたちの成長していく姿を目にする機会はお年寄りたちに生きる力を与え、子どもたちは地域の人々に温かく見守られ、すくすく育っています。
この地区から右京小学校がなくなれば、コミュニティはその核を失います。「統廃合後に新しくできる学校を新たな交流の場にすればよいではないか」と言う人もいるでしょう。しかし、新しい学校の建設予定地である平城西中学校敷地は、右京地区から急な坂を登ったところにあります。この急坂を登りながら(場合によって1km以上)歩く道のりは、小学校低学年の子どもにとって酷であるだけではありません。足腰の弱ったお年寄り、妊婦さん、身体の不自由な人、病気や障がいのある人にとっては、足を運ぶ以前に障壁を感じさせ、地域からの孤立を招きかねません。もとより右京のまちは、平城ニュータウンの開発当初から、子どもたちが安全に小学校へ通学できるよう通学路をも考慮して設計されているのです。統廃合は、そんなまちのあり方を設計思想ごと一度根底から壊すことを意味しています。

また、右京小学校は災害時の避難所に指定されており、地域の防災拠点としての役割も担っています。いざという時に、慣れ親しんだ小学校に避難できるという思いは、子どもを通じて常日頃から学校と接点がある保護者や地域住民にとって大きな心理的支えになっています。逆に言えば、右京地区で暮らす人にとって、とりわけお年寄りや妊婦さんや身体の不自由な人や病気・障がいのある人にとって、平城西中学校の敷地内に新たに建設された学校が避難所に指定された場合、そこに避難するというのは現実的ではありません。この統廃合計画は同時に弱者切り捨て政策でもあることが窺えます。

さらに、右京小学校の存在は、今の右京地区が「子育てにやさしい」まちである大きな理由になっています。駅から徒歩10分圏内に近商ストアや高の原イオンなどの商業施設、高の原中央病院などの医療施設、奈良市北部会館のような公共施設、緑豊かな団地などが集まっているため、子育て中の親にとって、とても暮らしやすいのです。このまちで育ち、大人になって家庭を持った人たちが、今まさにこのまちへ続々と戻ってきています。ここ数年、右京小学校の児童数が増加に転じているのは、そのためです。
そんな状況下で右京小学校がなくなれば、どうなるでしょうか。多くの子どもたちの通学上の負担が大幅に増えるだけでなく、駅も小学校も近いという理由でこの地区に住もうとした子育て中の親が、このまちを選ばなくなるでしょう。すでに住んでいる親たちも、転居を考えるかもしれません。そうして人口流出が現実のものになれば、このまちは生命線を断たれます。衰退の一途をたどることになります。

右京こども委員会:右京のまち

跡地売却のための統廃合?!

仮に学校統廃合計画が実行に移され、右京小学校が廃校になったとしましょう。その場合、跡地はどうなるのでしょうか。住民ならば誰もが思う疑問です。
もし小学校が壊されるのを止められないなら、跡地はせめて公共的な性格の施設のために確保したい。これは住民の一致する願いです。学校があった場所に何らかの防災拠点を残す、学童保育の施設を残すといった措置はもちろん、できれば校舎も残し(たとえば校舎を改修・長寿命化して学校を存続させた場合と同じく)、

  • フリースクールや放課後教室
  • こども食堂
  • 図書館・博物館
  • 遊び場、公園
  • 生涯学習施設や文化・スポーツ交流施設
  • 関西学研都市の若手研究者や若手起業家のためのシェアオフィス
などなど、子育てや教育、地域住民の文化やスポーツ交流、未来に向けた投資のために活用すべきです。2015年に統廃合された大阪府池田市の伏尾台小学校の跡地(北校舎)に入った「スマイルファクトリー」(不登校や発達障がいの子どものためのフリースクール)や、NHKの2018年度上半期の連続テレビ小説『半分、青い』の舞台になった「世田谷ものづくり学校」(2004年に廃校となった世田谷区立池尻中学校旧校舎を民間企業が借り受け、「産業振興」「地域交流」「観光拠点化」を活動指針として再生された複合施設)などがモデルになるでしょう。
あくまで地域の活性化のために跡地を有効利用してもらえるのなら、学校統廃合で地域コミュニティが被るダメージは軽減され、まちに新たな活力が芽生える余地ができます。現在、右京地区の子ども人口は増加傾向ですが、校舎を残しておけば、将来的に再び学校施設が必要になった場合の受け皿を残すことにもなります。

ところが市は、住民への説明会などで、跡地利用については「まったく白紙」と言いつづけてきました。これは驚くほど無責任な態度だと言わねばなりません。小学校を核として形成されてきたまちからその核を抜き取ろうとしているのに、まちづくりに関する中長期的なビジョンも何もなく、ただ単に既存のまちのあり方を壊すだけ壊すと言っているに等しいですから。
しかし、驚くことはそれだけではありませんでした。市は、表向き住民に対して「まったく白紙」と言いつづける裏で、跡地の部分売却を考えていたのです。市が進めている統廃合計画を実行に移し、新しい学校を建てることになった場合、その費用を一部補填する必要が生じるから、だそうです。

※この件については続報が入り次第情報を更新します。

これは許すことのできない動きです。嘘をついていたのはもとより言語道断ですが、地域住民が望んでもいない「施設一体型の小中一貫校」を建設する費用を捻出するために校舎を壊して土地を切り売りするのだとすれば、それは地域コミュニティに芽生えるかもしれなかった公共的・公益的な活動の芽を摘み、地域住民から未来を盗み取る行為にほかなりません。

右京幼稚園跡地が売却された経緯

ちなみに右京地区は、ただでさえ「幼稚園をだまし取られた」過去を持っています。
右京幼稚園は小規模で園舎が老朽化していたことから、「幼小連携教育」を推進するとして平成23年に右京小学校の敷地内に移設されました。その際、幼稚園と小学校を併設するのは「右京小学校・右京幼稚園が残っていけるように」するためだと教育委員会は説明し、今後10年間は幼小併設を維持すると約束していました。

『右京地区幼小連携等推進協議会ニュース』第1号

ところが、市が2年保育に固執したことも一因で児童数の減少に歯止めがかからず、過小規模となった右京幼稚園は平成29年3月に閉園、神功幼稚園・神功保育園と統廃合されて神功こども園が発足しました。
このため、右京地区から「原則徒歩通園」である神功こども園へ通園するには急坂を登っての送迎を強いられることとなり、地域の公立園をあきらめてスクールバスや車送迎での私立幼稚園や他域こども園への通園を選択せざるを得なかった保護者は少なくありません。


右京幼稚園の跡地利用について、住民は数年かけて地元の意見をまとめ、市に要望を上げましたが、そのつど、市は「この跡地は教育財産であり、教育目的内使用に制約される」と回答してきました。ところがその裏で、住民の知らないうちに跡地の売却計画が進められていたのです。計画を知った住民の強い要請により、ようやく住民説明会が開催されましたが、それは土地の一般競入札が発表される直前でした。まちづくりの観点から、何らかの公共的な性格の施設をここに残してほしいという住民の声は、無視されました。跡地は近鉄不動産が4億6520万円で落札し、住宅地となります。

仮に右京小学校が統廃合されたら、同じことが起こるのではないか。そんな危惧を抱いている人が、この地区には大勢います。

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アピール

私たちは市が進める一方的な統廃合計画に反対し、地域の保護者や住民が行政と対話しながら地域の学校のあり方を考えていくプロセスを提案します。

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